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20269.6
今がある

尽日尋春不見春
杖藜踏破幾重雲
帰来試把梅梢見
春在枝頭已十分
中国宋代の詩人戴益による漢詩「探春」である
ざっくり言ってしまえば
春を探し回ったが見つけられず家に帰った
ふと庭の梅の梢を見ると
なんと花が咲いているじゃないか
といったところだろうか
春を「幸せ」と読み替えると
言わんとすることは明らかだ
幸福は簡単に手には入らない
求めて求めて努力を重ねて
やっと手に入るもの
と思い込んで もがくものだ
いやいや
よおく見れば
自分の生活の中に 既にあるじゃないか
そのことに 気づけよ お前
努力をしなくていい
というのではない
お前は どれだけの幸福を求めているのか
お前の手にしている幸福では足りないのか
十分じゃないのか
十分です
この平穏な日常
でも もうちょっと欲しい
